定年後の本格DIYリフォームで・・・住み易く美しく

築35年のミサワハウス55が70才老人の本格DIYでシンプルで美しくなっていく

ハウス55リフォームの代表的工事例

おはようございます。DIYグランパです。
前置きが長くなって申し訳ないので、代表的なリフォーム事例を紹介します。
初回ブログ「ハウス55って何 」のPhoto2はカタログをスキャンした居間の写真で、床はカーペット張りになっています。これをフローリングにリフォームすると我家の居間は下記Photo5のようになりました。

                Photo5:フローリングにリフォームした19畳の居間
フローリング材は無垢の紫檀(ローズウッド)で、もちろん床暖房に対応した高乾燥度の材料です。なぜこのようなリフォームをするに至ったか、DIY工事の詳細などについては追々このブログで紹介していきます。
因みにPhoto5に移っている椅子もDIYの産物です。ピアノとピアノの椅子は違います。

1981年(昭和56年)に建てたミサワホーム55

1976年(昭和51年)に借金をして約50坪の土地を購入しました。それから5年後の1981年、すでに小学校高学年の娘、低学年の息子を持ち、何とか狭小の団地住まいから抜け出したいと格安で建ちそうなハウス55に飛びつきました。オプションは最低限で箱だけ買ったという感じです。本体工事1050万円、オプション工事他で100万円となりました。
11月に竣工・入居しましたが貯金も底をつき、すぐにも必要になったカーテンの購入(天井が高くまた2重カーテン仕様になっていたので標準品ではなくオーダーカーテンが必要)に苦労した記憶があります。下記に竣工時の写真を示しますがススキが原の1軒屋の趣です。

Photo4:竣工時の写真

間取りは、機能ユニットの並べ方による選択ができるようになっており、間取図集の資料を渡されその中から敷地に合う間取を選択しました。1階、2階とも床面積が約54平米、合計床面積108平米で間取りは下記のようになっています。

図面1:1階平面図

図面2:2階平面図

11月の入居から間もなく冬を迎え、床暖房がこんなにも快適なものかと感動した次第ですが、1982年1月のガス代請求書2万数千円を見てその高額さ愕然としました。

ハウス55って何

 ミサワホーム ハウス55のオーナーさんをイメージして立ち上げたブログですがリフォームに興味のある方全般にも理解していただけるよう、初めにハウス55について説明します。
 ハウス55って本当はプロジェクトの名前なんです。1970年(昭和50年)に建設省(現国土交通省)と通産省(現経済産業省)が参加企業を募集して立ち上げた5年間の期限プロジェクトで、新住宅供給システムプロジェクト(通称ハウス55プロジェクト)と命名されました。目的は低価格で高品質な住宅を、工業的に生産し効率的かつ多量に流通(販売・建設)するシステムを確立することで、目標は100平米の家を昭和55年の価格で500万円台で供給するというものでした。多数の応募企業グループがあった中、ミサワホームグループ、松下電工グループおよび清水建設グループが選定されました。プロジェクト期間が終わった翌年1981年(昭和56年)に先頭を切ってミサワホーム55が発売されました。これは鉄骨構造物と発泡セラミックパネルを組み合わせたモジュールを工場で生産し、建設現場ではクレーンによるモジュールの積み重ねと結合を行い、残すは内装、設備工事を行うのみとなる先進的な工法でした。また、設備的にも温水床暖房、断熱2重ガラス窓などを標準装備し現在で考えても先進的なアイデアに満ちていました。この鉄骨構造物と発泡セラミックパネルを組み合わせた住宅は改良が重ねられ、その製造・販売はミサワホームからその子会社のミサワホーム55、ミサワセラミックホームに移りさらに現在のミサワホームセラミックに引き継がれています。

Photo1:外観(当時のカタログより転載)

発泡セラミックパネルの白とその模様が印象的です。


Photo2:居間(当時のカタログより転載)

19畳の居間で温水床暖房と断熱2重ガラス窓を標準装備。


                  Photo3:工事風景(当時のカタログより転載)
予め施工済みの土台に工場生産した機能モジュールをクレーンで吊上げ積み重ねる。